整地

とあるレースのマンガで、主人公に向かってライバルが、一言吐く。

 

「道具もふくめて、レースをやる環境を作っていくのもドライバーの仕事や」

自分が何か困難にぶつかるといつも思い出す一言。
日本にいると、用意された環境だけで過ごしていくことが、容易に可能である。

小学校から大学までの環境、会社に入ってからも。
ある種、標準化された箱にさえ入っていれば、自分で環境を作ることなどしなくていい。
そういった余裕はこの国にはまだまだ存在していると感じる。

それに慣れた人は何か問題が起こったときの対応力、環境を整えるという能力を持ち合わせる必要がないとも言える。

今回プライベートで直面した面倒な問題は、まさに野暮用というほど、本来どうでもいいことの一つであった。

が、片付けざるを得ない状況になった。

自分がやるべき仕事に集中できないほどに問題が大きくなってしまったからだ。
この問題は友人と共有された問題だった。
つまり彼もまた、影響を受け私生活を虐げられていた。
しかも僕よりも1年も前から悩み続けていたようだった。

なぜ対処しなかったのか、
という疑問は同時に、そうできなかった理由があるのではないか、という仮説を導出する。

そうだ、しなかったのではなく、できなかったのだ。

共同で問題解決をしていくに連れて、自分がこういった野暮な問題を片付けるのが奇しくも、苦手ではなかったということがわかった。

自分には、親や社会が用意する箱がないことが多かった。
環境を作ること、問題を解決することの経験値があったようだ。

ただ、こういった経験はある種良くない作用もある。
既製品で満足することが難しい。
用意された箱では不満が発生する。
自分で作らないと納得できないのではないか。

自分が渡ってきた会社での経験は、年数にするととても少ない。
しかし今後モチベーションを維持する上で、重要な気づきがあったような気がする。
「不満の原因」はなにか、という点を忘れてはいけないのだと思う。

自分で整地する。
これが大事なのである。

目的意識を持てば、他人の会社で働くこともできる。
しかしその目的が達成されたときには。
同時に次に進む道が、決まっているものである。

環境は整えた。

次に進もう。

そう思えます。

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